チベット問題とは?中国で起きている民族問題

チベット問題とは?中国で起きている民族問題

過去に日本にもダライ・ラマ14世※が来日しました。
※チベット仏教の最高指導者

ダライ・ラマ14世は、ノーベル平和賞の受賞者でもありますが、中国からは「危険人物」とみなされています。

これ、なぜでしょうね?平和と危険は真逆のハズです。
答えは、中国で起こっているチベットの民族問題にありました。

お隣の国、中華人民共和国では単一民族である日本人からは、想像がつかないような民族問題がたくさんあります。(北海道にアイヌの人々はいらっしゃいますが)

今回はこのチベット問題について、どのような人権侵害と弾圧があるのか見ていきましょう。

チベット問題とは?場所はどこにあるの?

チベットの僧イメージ

チベット問題とは、チベット自治区に住むチベット人と中国政府が対立している問題のことをいいます。

なぜ対立しているのかというと、現在は中国の1自治区とされているチベット自治区は、かつては別の国家でした。

そして、中国は近年ウイグル人※への弾圧の証拠文書が明かになったように、チベット人にも人権侵害と弾圧を繰り返しています。そうした状況の中、チベット自治区でのチベット人の地位の向上を求め、チベット住民とそれを許さない中国政府との間で対立が続き、それが問題となっています。

※ウイグル自治区の民族問題は下記にまとめました。

ウイグル自治区とは?ウイグル弾圧問題をわかりやすく!

チベット地図

チベットの場所は、中華人民共和国の西側(地図の黄色マークの場所)にあります。北側には同じく民族弾圧が国際的に注目されている、ウイグル自治区があります。西側はインドと国境を接しています。

フウクマ

チベットはとても広いのね。

そうだね。これだけ広いと豊富な資源もたくさん眠っているだろうね。

パパクマ

チベット問題!チベット人に対する弾圧

1950年のチベットへの中国の武力侵攻以降、チベット人による度重なる対中蜂起⇒鎮圧を繰り返しました。そのため犠牲者は合計120万人※とされています。※餓死者・行方不明者を含む

過去から現在、次のような弾圧が行われています。

中国によるチベットへの弾圧
  • チベット人の虐殺
    チベット人に対する虐殺でチベット亡命政府による発表では120万人、中国政府による発表でも30万人が殺害されました。チベット人の人口600万人に対してです。
  • チベット僧に対する弾圧
    15万人の僧侶と尼僧は弾圧によって、約1,500人に減らされました。
  • 人権侵害
    思想が原因で逮捕・投獄され、弁護士を自分で選べない、裁判まで長期間待たされるなど正しい裁判が行われていません。
  • 寺院が破壊行動の対象に
    数千あったチベット仏教の寺院がほとんど破壊されてしまいました。
  • 信仰の自由がない
    チベット族の政治的・精神的指導者であるダライ・ラマ14世の写真を寺院以外の場所で掲載すると処罰されます。ダライラマ14世はノーベル平和賞を受賞するような人物ですが、中国当局からすると、独立を扇動するテロリストのような立場とされています。

    <ダライ・ラマ14世とオバマ前大統領>
    ダライ・ラマ14世とオバマ前大統領

  • 環境破壊
    広大なチベット自治区内に核実験場をつくり、核廃棄物や産業廃棄物の捨て場としている疑惑があります。

出典:ニューズウィークより

出典:ウィズニュースより

出典:Bitter Winter HPより

チベット問題!抗議のために僧や住民が焼身自殺

チベット問題ニュースでもっとも見聞きしていて辛い事件が、抗議のため毎年何人ものチベット人が焼身自殺を行うことです。

私も実際にYoutubeで動画を見ると衝撃が走りました。

注意
当ブログはお子さんも読まれていて、内容があまりに凄惨なのでここには掲載しません。

このような最終的な方法でしか抗議できないような状態が異常であり問題といえるよね。

パパクマ

日本では人権が認められています。宗教の自由や言論の自由はあって当然のように感じる権利ですが、時と場合によっては命よりも大切なものなのですね。

チベット問題!チベットと中国の近年の歴史

チベットのポタラ宮
<チベットのポタラ宮>

チベットを中国が弾圧するようになるまで、どのような歴史があったのでしょうか?近年のチベット問題を時系列でまとめました。

チベットと中国の近代史
  • 1950年
    中国によるチベットへの武力侵攻が始まる。
  • 1951年
    チベットの首都ラサが陥落。
  • 1952年以降
    チベット各地で頻繁に大規模な対中蜂起が起きるが中国軍により鎮圧・平定され、その度に数万~十数万人の犠牲者が出る。
  • 1959年3月10日
    身の危険を感じたダライ・ラマ14世がインドへ亡命
    同じ日に、チベット各地で中国軍への一斉蜂起(チベット蜂起)。
    これ以降3月10日にはデモが行われるようになる。
  • 1966年
    中華人民共和国のチベット自治区が発足。
  • 1966年
    文化大革命が波及し紅衛兵※がラサ進駐を開始し年長世代による宗教や信仰が糾弾される。
  • 2008年
    チベット族の暴徒達が長剣やナイフで武装し、銀行や中国人の商店を襲撃し、略奪・放火・暴行を行った(チベット騒乱)。
    北京五輪を目前に控えた中国が国際的な体裁から強硬な対応がとれないことを見越してのものとされている。
  • 2011年以降
    僧を中心として一般人による焼身自殺が相次ぐ。
MEMO
※紅衛兵とは?
中華人民共和国の文化大革命(1966~1977)当時、毛沢東により動員された学生や労働者などの青年組織。古い文化の打倒を目標に文化財や書物を破壊した。

それでは、どうして中国は強引にチベットを自国領としたのでしょうか?

中国はなぜチベットを自国領として支配するの?

チベットの祈りのフラグと寺院

なぜ中国はチベットを併合し自国領としたのでしょうか?
それは大きく理由が2つありました。

チベットを支配した目的
  • インドとの国境問題対策
  • チベットの広大な領土と資源の奪取

それぞれ見ていきましょう。

1つめはインドとの国境紛争の際に、中間にあったチベットが緩衝地域※であったため、チベットを併合すると領土問題を有利に進めることができるからです。

MEMO
※緩衝(かんしょう)地域とは?
大国同士の衝突を緩和する地域や国。

この件については、以前記事にしました。

中国がインドのカシミールへ侵入!インドの対策が凄い

2つめはチベットの広い領土と豊富な資源獲得のためです。ちなみに動物園で人気のパンダも本来はチベットの山地に生息する動物です。

フウクマ

もともとはチベットの動物だったのね。。。

チベット支配の根拠は?(中国の主張)

チベット寺院内部

中国によるチベット支配には、大きく3つの主張があります。

チベット支配の中国の根拠
  • チベットは清王朝時代に支配下にあった
    チベットは清の支配下にあり、そのため現在も中国の一部であると主張しています。
    ただし清王朝は満州族と呼ばれる民族の王朝であり、中国で現在大多数を占める漢民族のものではないため根拠として乏しいとも言われています。
  • チベットを西欧列強から守るため
    当時、中国は西欧列強がチベットの領土を狙っていたと主張していますが、そういった証拠は出てきていません。
  • 「封建農奴制からの解放」「民主改革」
    チベットを封建社会から解放し改革を進めるため、と主張しました。しかしチベットからの要請はありませんでした。。

チベット指導者ダライ・ラマの提案

チベットの祈り

ダライ・ラマ14世は、チベットについて以下のように提案しています。

~引用ここから~

1987年、アメリカ議会の人権問題小委員会での「チベットに関する5項目の和平案」より

  • チベット全土を平和地域とする
  • チベット民族の存続を脅かす中国の人口移動政策を放棄する
  • チベット民族の基本的人権および民主主義に基づく自由を尊重する
  • チベットの自然環境を保護し回復させ、チベットでの核兵器の製造、核廃棄物の投棄をしない
  • チベットの将来の地位について、チベット人と中国人との関係について、真剣な交渉を開始する

~引用ここまで~

さらにチベット人による高度な自治が認められれば独立は求めないと譲歩しています。

本来は独立を強硬に求めることもあり得るところですが、独立を諦めている上にとても平和的な内容のため、中国も譲歩すべきではないか、と思えます。

さいごに:チベット問題から日本が学べること

チベットには自国を守れるだけの軍隊がなかったため中国に支配されました。

仮にですがチベットが屈強な陸軍を保持していたとします。攻め込むには中国側も相当な損害を覚悟しなければならず、陥落させるための時間と費用も莫大なものとなる場合です。

こういう状態であった場合は、独立を保てたかもしれません。

このことから、強力な軍隊を保持することは国土防衛のために非常に大切なことで、他国からの侵略を慎重にさせる意味があります。

尖閣諸島を中国に狙われている日本も決して他人事ではないよね。

パパクマ

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